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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)7180号 判決 1968年7月20日

原告

安孫子豊

ほか二名

右三名代理人

尾原英臣

原告

小西マリ子

代理人

井上峯亀

風間士郎

被告

交友自動車株式会社

代理人

武岡嘉一

主文

被告は原告金沢紀美・同小西マリ子に対し、各一、〇七二、〇二一円、原告安孫子豊・同安孫子昌枝に対し、各八七二、〇二一円およびこれらに対する昭和四二年七月一六日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金銭を支払え。

原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を被告の負担とし、その余を原告らの連帯負担とする。

この判決の第一項は仮りに執行することができる。

事実

一、当事者の求める裁判

原告ら―「被告は原告らに対し各一、七七九、三九一円およびこれに対する昭和四二年七月一六日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金銭を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決および仮執行の宣言

被告―「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする」との判決

二、原告らの請求原因

(一)  交通事故の発生

昭和四一年一一月一一日午後八時二〇分頃、東京都渋谷区千駄ケ谷二丁目二八番地附近の通称オリンピック道路補助二四号線の道路横断歩道において、柴田利雄が普通乗用車(登録番号名古屋五わ五〇九〇号、以下被告車という)を運転中折柄同所を黄旗を掲げ横断歩行中の森本栄(当時六五才)に衝突し、約二〇メートルはねとばし、よつてその頃死亡させた。

(二)  被告の地位

被告は、東京、熱海、名古屋に各営業所を構えるタクシー会社であつて、被告車を所有し、これを自己のため運行の用に供する者である。

(三)  原告らの蒙つた損害

(1)  身分関係

原告安孫子豊は森本栄の弟、原告金沢紀美は栄の妹、原告安孫子昌枝は栄の弟である亡安孫子実の子、原告小西マリ子は栄の姉である亡小西りうの子で、いずれも栄の相続人である。

(2)  葬儀関係費用八四九、四八〇円

栄の死亡による葬儀のため、原告らはいわゆる葬儀費、弔問客接待費その他に右金額を費消し、同額の損害を蒙つた。

(3)  逸失利益 三、九九九、九九九円

栄は本件事故発生当時六五才の健康な独身女子で、茶、華道の教授により月額九三、〇〇〇円の収入を得、生活費等に四三、〇〇〇円を支出し、月額五万円の純益をあげていたところ、その平均余命は14.13年であるから右職業上今後一〇年間は、少くとも同程度の純益をあげえたのに、本件事故により死亡し、これを失つたものであるから、ホフマン式計算方法により純益合計の本件事故当時における現価を求めると、頭書金額になる。

(4)  慰藉料

(イ) 主位的主張(栄本人の慰藉料三〇〇万円)

栄は、七、八年前に夫と死別し、辛労の末四、五年前から余生の甲斐を茶・華道の教授による後進の指導にもとめ、近年子弟の数も漸増し、心身共に張切つていた矢先、本件事故に遇い死亡したもので、その無念さは想像にあまりあり、この精神的苦痛の慰藉料としては三〇〇万円が相当である。

(ロ) 予備的主張(原告ら固有の慰藉料各七五万円)

仮りに右主張が認められないとしても、原告金沢紀美は生前親しく接していた唯一の姉妹である栄を失い、深甚な苦痛をなめ、原告安孫子豊は兄弟姉妹の長の立場から同胞の不慮の死により、原告小西マリ子は母とも頼り同居していた伯母を失い、原告安孫子昌枝は懇篤な指導を受けていた叔母と死別し、いずれも甚大な精神的苦痛を蒙つたもので、これら原告らの苦痛は親を失つた子、または子に死別した親の苦痛に比肩すべく、民法七一一条の準用により、死者の近親者として原告らは各七五万円宛の慰藉料請求権を有する。

(5)  弁護士費用 三〇万円

原告らは本件事故による損害填補のため、再三被告と交渉したものの、被告においてこれに応じないため、本訴の提起と追行方を弁護士に委任し、その費用三〇万円を支出したもので、これも本件事故による損害である。

(6)  損害の一部填補(保険金の受領一、〇三一、九一五円)

前記交渉期間中原告らは、いわゆる自動車保険より一、〇三一、九一五円を受領し、前記損害の一部に充当した。

(四)  よつて被告に対し、原告らは前記(2)ないし(5)の合計八、一四九、四七九円から(6)の一、〇三一、九一五円を控除した。七、一一七、五六四円の各四分の一にあたる一、七七九、三九一円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四二年七月一六日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三、右に対する被告の答弁

請求原因(一)および(二)の各事実は認める。同(三)の事実中、栄が死亡当時六五才で茶・華道の教授をしていたこと、原告らが自動車保険から一、〇三一、九一五円を受領したことは認めるが、被告が損害填補の交渉に応じなかつたとの点を否認する。その余の事実は不知。慰藉料請求権は一身専属権であるから、原告らが栄のそれを相続したとの(4)の(イ)の主位的主張は失当でありまた民法七一一条が固有の慰藉料請求権者の範囲を同条所定の近親者に限定したものであるところ、原告らが右の範囲の近親者に該らず、仮りに同条の準用により固有の慰藉料請求権者の範囲を拡張しうるとしても、それは同条列挙の近親者に劣らない程の深い関係を死者との間に有する者その他特段の事情が認められる場合に限らるべきであるところ、原告らはいずれもこれに該らないから、前記(4)の(ロ)の予備的主張も理由がない。

四、証拠<省略>

理由

一請求原因(一)(二)の各事実は当事者間に争いがなく、右事実によれば被告は被告車の運行供用者として、原告らの蒙つた後記損害の賠償責任を負担すべきである。

二損害額

(1)  原告らが森本栄とその主張どおりの身分関係を有し、同女の相続人であり、他に同女の相続人はいないことは、<証拠>と弁論の全趣旨によつてこれを認める。

(2)  葬儀関係費用

<証拠>を総合すると、原告らは栄の死亡に伴い葬儀からいわゆる三五日の法要まで合計約一四〇万円以上の支出をし、そのうち約七六万円の分は、現に支払先の領収証等支払を証する書証を提出するが、その内訳は菩提寺に対する分一〇万円、葬儀社に対する分二五万円のほかは大部分会葬者や法要弔問客に対する饗応接待の費用でありまた菩提寺葬儀社に対するものも、栄の職種と比較的派手であつた生前の交際のため、盛大な葬儀を執行したものと認められるから、葬儀関係費用としては二五万円を本件事故と相当因果関係にたつ損害とするのが相当である。

(3)  逸失利益

栄が死亡当時六五才の女子であつて、茶・華道の教授をしていたことは当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すると、栄は昭和二八、九年頃から東京都渋谷区千駄ケ谷二丁目二八番地の自宅で茶道教授を始め、夫と死別後さらに華道も教授することとなり昭和四一年頃には、少くとも三〇名以上の子弟を擁していたものであるが、その収入は子弟の月謝概八万円と春秋の免状取得の際の謝礼として年間少くとも約一二万円(以上年間合計一〇八万円)を得、これから必要経費(暖房費、電気料、菓子代等)および生活費として五割を要し、年間五四万円の純益を挙げていたものと推認されるところ、同女が普通健康体であつて、その職種はかなり高令に及ぶまでなしうることから、同女の可稼働期間(いうまでもなく、生活費等を控除した純益を挙げうる期間の意である)は、同年令者の平均余命一二年余の半数よりやや多い七二才までの七年間と推定すべく、同女は死亡によりこの間の純益を失つた筋合であるから、ホフマン式計算方法により年五分の割合の中間利息を控除して現価を求めると概三一七万円(万円未満切捨)となる。

(4)  慰藉料

<証拠>と弁論の全趣旨によれば、栄は本件事故によりいわゆる即死したものであるところ、原告金沢紀美は四才余年下の妹(明治三九年三月一〇日生)であつて、昭和一〇年頃金沢フジと養子縁組をしたものの、一〇余年前、夫に死別してからは、互に老境に向う単身者として同情をかわし、また茶・華道の同好者として栄と特に親しくしていた者で、同女の死亡に際し深甚の苦痛を蒙つたものと推認され、原告小西マリ子(大正一二年三月三〇日生)は、栄の三才年上の姉りうの長女で、昭和二二年頃小西恒喜と婚姻したものの、昭和二七年頃りうが死亡してからは、早くより栄と同居し、家計上の援助を受ける一方、栄の食事の世話をする等母子に似た関係にあつた者、原告安孫子昌枝(昭和一八年八月一一日生)は、栄の一〇才年下の実弟の子であつて、生後間もなく母に死別し、その里に引き取られて成育したため、栄とは格別頻繁には往来しなかつたが、本件事故当時は未婚の女子であつた者、原告安孫子豊(明治四二年八月二五日生)は、栄の八才年下の弟ながら、長男であつて父敬蔵が死亡した昭和四年頃以来いわゆる家督を相続し、安孫子家を主宰していたもので、勤務地の関係から生前同女とは年間数度会う位であつたが、死亡の報に接するや、急拠京都から来り、栄の葬儀を主催した者で、いずれも栄の死亡につき多大の精神的苦痛を蒙つたものと推認される。

しかし被害者が死亡した場合には被害者自身が自己の死亡に基づく慰藉料請求権を取得するということはあり得ず、これを相続人において相続する由もないと解するから原告らの主位的主張は失当であるが、死亡した被害者栄に民法七一一条掲記の近親者がなく、原告らが同女と前認定の如き特別の関係を有する本件では、同条掲記者に準じて原告らに固有の慰藉料請求権を肯定するのが相当であり、諸般の事情を併考しその慰藉料は、原告金沢紀美、同小西マリ子につき四〇万円、原告安孫子昌枝、同安孫子豊につき各二〇万円とする。

(5)  弁護士費用

<証拠>と弁論の全趣旨によれば、原告らは本訴の提起と追行方を弁護士に委任し、その手数料として本訴提起前少くとも三〇万円を支払つたことが認められるが、右は本件事故による相当因果関係のある損害である。

(6)  損害の一部填補

原告らが本訴提起前、自動車保険から一、〇三一、九一五円を受取つたことは当事者間に争いがなく原告らがこれを前記相続債権に充当したことは、被告において明らかに争わないから、これを自白したものとみなすべく、これによれば、原告らの相続債権残合計は二、六八八、〇八五円で、相続の分は各六七二、〇二一円である。

三よつて被告は原告金沢紀美、同小西マリ子に対しそれぞれ前記二の(6)と(4)の合計一、〇七二、〇二一円、原告安孫子豊、同安孫子昌枝に対しそれぞれ同様にして八七二、〇二一円およびこれらに対する本件訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四二年七月一六日から支払ずみに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるから、原告らの本訴請求は右の限度で正当として認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条、八九条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。(薦田茂正)

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